私が子どもの頃は、映画館が無くなっていった時代で、平戸島にひっこした時には映画館がすでに無く、文化センターに「八つ墓村」「宇宙戦艦ヤマト」を見に行った。
「銀河鉄道999」や「さらば宇宙戦艦ヤマト」は汽車で1時間半かけて佐世保まで行って見た。
2011年04月30日
映画の話…とりとめもなく。
最後に映画を見たのはいつだったか…昨年末の「相棒U」だったような…。
私は、見ていてスカッとする、見終わって心がホワ〜となる映画が好き。
悲しい話や見終わって悶々とするような映画は…パス! ホラーはパス! ドタバタコメディもパス!
そして、映画は値段が高いので、映画館でしか臨場感が伝わらないっていうようなのは映画館に見に行って、それ以外は、DVDになるまで我慢してレンタルしてみる。
ちなみに、私が初めて見た映画は、ディズニーの「白雪姫」だったか「日本沈没」「寅さん」の二本立てだったか…。
親がわりと映画が好きで、小さい時は、連れられて見に行ったり、テレビの映画番組は良くいっしょに見ていた。
両親は超がつくほど涙もろく、テレビで悲しい映画を見るときは、「バスタオル持ってこ〜い!」と言う。
バスタオルを握りしめて、おいおい泣きながら悲しい映画(テレビ)を家族で見ていた。
わらび座に入ってからは、戦争、平和について深く考えさせられる名作を仕事として見せられた。
結婚してからは、夫がよくビデオを借りてきて、二人でいろんなものを見た。
夫のチョイスはファンタジーやSFモノなどが多い。
「ネバーエンディングストーリー」はファンタジーに夢中になるきっかけとなった。
「ウォー・ゲーム」「ザ・インターネット」は何もかもパソコンに頼ってしまうととんでもないことになると感じさせられた。
「チャイナ・シンドローム」は、発表後、スリーマイル島の原発事故が起きたとのこと。原発の怖さ、その周りの関係とかよく分かり、ありえる話だと思った。
映画を見ることは感性を育てるとても大事なことだと思うので、子どもとは意識的に映画館で映画を見るようにしてきた。
特に、夏には、平和について考えるような作品を子どもたちと見てきた。
そのせいか、娘は私以上に映画を見る。
息子は…DVD 派だけど、時々、彼女と映画に行っているようだ。
さて、今年は、「ナルニア国物語」も「SP〜革命編」も「名探偵コナン」も見たかったけど、選挙があって忙しくて見られなかった…
何とか、「ナルニア国物語」だけでも観に行けないか…思案中です。
2011年04月29日
愛の無い名刺
選挙前に、共産党の地区委員会が、パソコンで各市議、町議の名刺を作ってくれました。
今回の名刺は、写真のうつりが良くて気に入っていたのだけれど…。
あるとき、「この名刺はアイが足りませんね」と言われて、私「?」。
よ〜く見ると、ローマ字で書かれた名前が「kyoko」…「i」が無い…
私「これは夫(地区委員長)が作ったのに…」
ちなみに、私の名前は「貴美子」と書いて「きよこ」と読みます。
私が産まれた当時、家に良く来ていた生命保険のおばちゃんを通じ、父と母の生年月日を合わせてまんまんちゃん?に作ってもらった名前が「貴美(きよ)」。
それに父が「女の子には子をつけたい」と言って、「貴美子(きよこ)」という名前にしたそうです。
深い意味は無いような…名前のつけ方の方に「愛」を感じられない私です
夫が、なぜ、私の名前を間違う…?
「そら〜、だんなさんの愛が足りないんじゃないですか?」
どれが本当の名前か、知らない方はさぞかし、とまどったことでしょう…
私「やっぱり〜」
それ以来、作り直すまで、「愛の無い名刺」を使っていましたが…
漢字は「貴美子」 平仮名は「きよこ」 ローマ字は「kyoko」どれが本当の名前か、知らない方はさぞかし、とまどったことでしょう…
2011年04月26日
疲れるヒマなし…?
みなさん、「疲れとれた?」と心配して下さいますが、
一番しんどかったピークは、選挙本番の三日目だった…かな…?
毎日、何処に行こうか、どの道を通ろうか考えながら、朝から晩まで宣伝カーであっちウロウロこっちウロウロ。
そして、一日十数回の街頭演説。
一番しんどかったピークは、選挙本番の三日目だった…かな…?
しかも、三日目ぐらいまでは、1回に15分もしゃべってたから(税金のムダづかい、暮らしの問題、原発の問題などなど…)。
選挙が終わった今は、朝の早朝宣伝から始まり、後援会のみなさんへお礼のニュース配り。
生活相談に対応して、夜は各種会議に出席…。
家に帰ってからブログ更新して、議会便り(3月議会)の編集をして…と、バタバタしてて、脳みそもゴチャゴチャしてて…疲れを感じる余裕がない感じです。
それに、私の当選をみなさんが喜んで下さってて、逆に、元気もらってます
2011年04月25日
ただいま〜4期目むかえます v
選挙終わって久しぶりの更新です。
無事、当選して4期目を迎えることになりました
(公職選挙法の関係で、お礼は書けませんので、あしからず…)
今回の選挙は今までの中で一番、厳しい選挙でした…。
一週間で98回街頭演説しましたが、し〜んとしてて、誰も聞いてくれてないような…
でも、家の中で聞いてくれてたようで、あるお宅で、
「父さん、からだ悪くて出れんけど、布団の中でからだ起こして聞いてます。
どんなことしても、絶対選挙に行って、きよこさん入れるって言ってます」と…。
宣伝カーでまわっていても、イマイチ以前のような盛り上がりもなくて…
でも、ふだん、体が悪くて寝ておられるご主人が、奥さんと二人で雨の中、玄関で出迎えてくれて、
「やっと来てくれた〜!
うちの父さん、きよこさんがいつ来ても良いようにって、毎日、服に着替えて、
今日来るか、今日来るかって、待っとたんよ〜!」
涙で堅い握手…
「会いたかった〜!
うちはみんなきよこさんにあげたくて待っとったんよ」というおばあちゃんも…。
厳しくてしんどい選挙でしたが、たくさんの方に励まされ、たくさんの方に「頼んだよ!」「あんたしかおらん!」と堅い握手を頂き、願いを託され、過去最高の1423票で当選することができました
ずしんと重い期待と責任…
託された願いを議会へ届けるために、これからも頑張る思いをこめて、今日もさっそく早朝宣伝しました
「父さん、からだ悪くて出れんけど、布団の中でからだ起こして聞いてます。
どんなことしても、絶対選挙に行って、きよこさん入れるって言ってます」と…。
「やっと来てくれた〜!
うちの父さん、きよこさんがいつ来ても良いようにって、毎日、服に着替えて、
今日来るか、今日来るかって、待っとたんよ〜!」
涙で堅い握手…
うちはみんなきよこさんにあげたくて待っとったんよ」というおばあちゃんも…。
2011年04月16日
明日から選挙本番です!
明日から市長選挙、市会議員選挙が始まります。
一週間更新ができません。
そこで、せっかくなので、私がめざしていることを書かせていただきます。
大型開発など税金のムダづかいを無くし、更に、地域経済の活性化による増収で、次のことを求めます。
子育て
○ 中学校卒業まで医療費の無料化を求めます。
○ すべての学年で小人数学級を実現し、ゆとりある教育をすすめます。
○ ごはん給食の日を増やし、地元の食材を取り入れるなど学校給食の充実に力を入れます。
○ アレルギーの子どもたちのために、アレルギー代替給食を求めます。
○ 学童保育の増設と充実をすすめます。
高齢者
○ 介護保険料や利用料値上げ、サービスの削減などに反対し、安心して利用できる介護保険をめざし、市独自の施策を求めます。
○ 特別養護老人ホームの増設を求めます。
医療・社会保障
○ 国民健康保険税の値下げ、減免制度の拡充を求めます。
○一人親家庭や障がい者、子どもの医療費の窓口での無料化を求めます。
○精神障がいのグループホーム、通院等のための交通費の助成を求めます。
中小業者対策
○ 敦賀市独自の利用しやすい住宅リフォーム助成制度を実現します。
○ 小規模修繕登録制度を利用しやすい制度に改善します。
○ 公共事業について、賃金保障など労働条件を入札条件にもり込む「公契約制度」を実現します。
○ 地域密着型の公共事業(バリアフリー化、側溝や歩道、街灯などの整備、融雪装置の設置など)で、地元中小業者の仕事、雇用の拡大につとめます。
○ 中小企業、商店を支援する「振興条例」制定のために力をつくします。
地場産業
○地場産業を守るために、農林水産業のみなさんと協力してTPPに反対します。
○ 有害鳥獣対策に力を入れます。
敦賀病院
○ 医師、看護師の増員と医療の充実で、安心してかかれる病院になるよう求めます。
○ 長期の入院が可能となるよう、空き病床を療養型病床に活用するよう求めます。
環境問題
○ 樫曲処分場の完全な漏水対策で、市民の飲み水を守ります。
○ 太陽光や太陽熱、小型水力や小型風力など自然エネルギーの自給率を高めます。
まちづくり・生活交通など
○高齢者や障がい者に優しいまちづくりをすすめます。
○ 今ある史跡や自然を生かした文化のまちづくりに力を入れます。
○ 通勤、通学などのため、JRの新快速のダイヤを改善するよう求めます。
○ コミュニティバスの充実を求めます。
原子力発電所
○四十年以上動かしている、日本最古の軽水炉、日本原電1号機の停止を求めます。
○ 「もんじゅ」の運転、これ以上の原発増設や危険なプルサーマル計画に反対します。
○全市民を守る原子力防災対策となるよう、 原発防災計画を充実させます。
○ 全市民分のヨウ素剤を避難所、小学校、各家庭に配備させます。(今は、発電所から10km圏内の40才未満の市民分が二州健康福祉センターに保管されているだけ)
「お約束」は、実は、これまでも議会内外で取り組んできたものですが…市民の願いであり、国保税の減免や医療費の減免、子どもの医療費無料の拡大、米飯給食やアレルギー給食の拡充、保育園での脱脂粉乳の停止、学童保育の増設などなど…のように、ねばり強く取り組むことで行政を動かし実現することができる、と確信しています。
そのためにも、悔いの無いように、がんばって街頭からお話をさせて頂きます。
ではみなさん、一週間後、笑顔でお会いできることを願って…see you
○ 中学校卒業まで医療費の無料化を求めます。
○ すべての学年で小人数学級を実現し、ゆとりある教育をすすめます。
○ ごはん給食の日を増やし、地元の食材を取り入れるなど学校給食の充実に力を入れます。
○ アレルギーの子どもたちのために、アレルギー代替給食を求めます。
○ 学童保育の増設と充実をすすめます。
○ 介護保険料や利用料値上げ、サービスの削減などに反対し、安心して利用できる介護保険をめざし、市独自の施策を求めます。
○ 特別養護老人ホームの増設を求めます。
○ 国民健康保険税の値下げ、減免制度の拡充を求めます。
○一人親家庭や障がい者、子どもの医療費の窓口での無料化を求めます。
○精神障がいのグループホーム、通院等のための交通費の助成を求めます。
○ 敦賀市独自の利用しやすい住宅リフォーム助成制度を実現します。
○ 小規模修繕登録制度を利用しやすい制度に改善します。
○ 公共事業について、賃金保障など労働条件を入札条件にもり込む「公契約制度」を実現します。
○ 地域密着型の公共事業(バリアフリー化、側溝や歩道、街灯などの整備、融雪装置の設置など)で、地元中小業者の仕事、雇用の拡大につとめます。
○ 中小企業、商店を支援する「振興条例」制定のために力をつくします。
○地場産業を守るために、農林水産業のみなさんと協力してTPPに反対します。
○ 有害鳥獣対策に力を入れます。
○ 医師、看護師の増員と医療の充実で、安心してかかれる病院になるよう求めます。
○ 長期の入院が可能となるよう、空き病床を療養型病床に活用するよう求めます。
○ 樫曲処分場の完全な漏水対策で、市民の飲み水を守ります。
○ 太陽光や太陽熱、小型水力や小型風力など自然エネルギーの自給率を高めます。
○高齢者や障がい者に優しいまちづくりをすすめます。
○ 今ある史跡や自然を生かした文化のまちづくりに力を入れます。
○ 通勤、通学などのため、JRの新快速のダイヤを改善するよう求めます。
○ コミュニティバスの充実を求めます。
○四十年以上動かしている、日本最古の軽水炉、日本原電1号機の停止を求めます。
○ 「もんじゅ」の運転、これ以上の原発増設や危険なプルサーマル計画に反対します。
○全市民を守る原子力防災対策となるよう、 原発防災計画を充実させます。
○ 全市民分のヨウ素剤を避難所、小学校、各家庭に配備させます。(今は、発電所から10km圏内の40才未満の市民分が二州健康福祉センターに保管されているだけ)
2011年04月15日
明日、父が来ます(・・;)
明日、告示の前日ですが…大阪の堺市の山奥(泉北ニュータウン)から、父が母と来るとのこと。
73才にして要介護3となった父が押し車を押し、電車を乗り継いで…
「親孝行したいときに親は無し」と言うけれど、私が親孝行できるようになるまで元気でいて欲しい…と心から願っています。
ちゃんと無事に着くのか、とってもとっても心配です…
私の父も母もいわゆる活動家で(ホームページの自己紹介参照)、私を理解しずっと支えてくれています。
特に、父は、十二年前、私が初めて選挙に出る時、ちょうど定年退職後だったので、半年前から我が家に住み込み、家事や子どもの世話をしてくれました。
私も候補者として忙しいですが、夫も私の選挙だけでなく嶺南中の選挙で走り回っていたので、と〜っても助かりました
当選後も2年ほど、議会のたびに大阪から出てきてくれて、子どもの世話をしてくれました。
そのうち、子どもも大きくなり、反対に、父自身、体が大変になって(腰痛持ち)だんだんと来られなくなり…3期目の選挙の時は、選挙事務所の前までタクシーで来たものの腰痛で動けなくなり、そのまま私の家へ…。
選挙が終わってもベッドから起き上がれず、しばらく我が家で養生した後、なんとか帰ることが出来ましたが、その後ずっと家に閉じこもっていたため足腰が弱くなり、今では要介護3に…
その父が「ワシが敦賀に行くのはこれが最後や」と、押し車を押して敦賀に来る…娘を思う父の親心にありがたく思いつつも、心配で心配で…
途中、滋賀県でダウンするんじゃないか…救急車で運ばれたらどないするん?
楽天的な母は「大丈夫やって〜私が付いてるし ボチボチ行くから、心配せんで良いよ〜」と言うけれど、お母さん、貴方も心配なんですよ
ついつい、長女の私は父や母にうるさく言ってしまう…
原発事故で避難区域になった街は…
ビデオジャーナリスト神保哲生さんのスペシャルリポート「原発避難区域は犬や牛の群れが闊歩する無法地帯に」がYOU-TUBEにアップされていました。
福島原発事故により住民が避難し、行政機関も退避してゴーストタウンとなった避難対象区域。
地震で損壊した道路は危険な状態のまま放置され、置き去りにされたペットの犬や牛たちが、路上を歩いています。
十分な餌もなく、この先どうなっていくのか…。
人がいてもおかしくない街に、誰もいない…。
たまに通る車の中には、防護服にマスクをした人…。
見ていて辛くなりました。
でも、目をそらさず、現実を見て、考えなくてはならないと思って最後まで見ました。
放射線探知機が放射線を検知する音が発電所に近づくにつれて激しくなる…その音が耳にこびりついて離れません。
2011年04月14日
いよいよ本番…
いよいよ日曜日から選挙です…本番三日前
やらねばならない事が山積み…だけど、時間だけが過ぎていく感じ…。
ひゃ〜焦る
宣伝カーや選挙事務所の看板を物置から出して見ると、思ったよりまだキレイ
良かった〜 今から、新しく出来ないしね…
さて、選挙はいつも感動のドラマが満載です
初めての選挙の時は、いつの間にか宣伝カーにピッタリ付いてくる車があって、嫌がらせかと思ったら、「私も何かさせて欲しい」と自ら後続車になってくれていたり…
今回も、すでに色んなドラマがあって、毎日、胸を熱くしています
本番も、きっとステキなドラマが待ち受けていることでしょう
2011年04月13日
早朝宣伝ばやり…?
震災後、しばらく早朝宣伝を自粛しておりましたが、その後、県議選に突入…。
この間、県議候補と一緒に早朝宣伝をしていましたが、ようやく県議選も終わったので、今日は久々に中郷で早朝宣伝をしようと行ってみると…私がいつも早朝宣伝をしている場所に、新人候補らしい方が立たれていました…。
およよ〜(・・;)
和久野でも立たれている方が…。
昔は早朝宣伝は共産党の十八番でしたが、いまや選挙前の定番になったようで…
仕方ないので、久々に東郷地区へ移動すると……誰もいない…ほっ
ここもずいぶん久しぶりだったのですが、わざわざ車をとめて声援を下さる方もおられて、嬉しかったです。
夕方は黒河地区で街頭宣伝をしました。
偶然、どこか近くで、河瀬市長が市政報告会をする予定だったらしく、私が演説している周りを呼び込みの宣伝カーがウロウロ…。
黒河地区の五カ所で街頭演説をしましたが、行く先々、市長の呼び込みの宣伝カーが…。
何でやねんと思いましたが、きっと、向こうもそう思っていたことでしょう…?
熾烈な闘いがすでに始まっています…
2011年04月11日
佐藤さん当選ばんざ〜い (^o^)/
四年間、福井県には共産党の県会議員がいなくて…たいへんでした
県に申し入れに行っても対応が悪かったり、住民団体で県議会に請願書を出したくても紹介議員がいなくて要望書止まりだったり…。
それに、原発依存の政策や北陸新幹線が住民不在ですすめられるし〜
どうしても、福井県に原発にハッキリものを言う共産党の県議が欲しかった…佐藤正雄さんの県議復活を心から願っていました…
「当選出来ない」と思われた佐藤さんが最下位で無事当選したので、めっちゃ嬉しいです
佐藤さん、当選おめでと〜
以下、佐藤さんのブログより
あと、福井県で久々の女性議員の誕生です。
しかもいっぺんに2名も
佐藤さんの復活と2名の女性議員の誕生で、福井県も変わる予感
期待しちゃいます
私もがんばらなくっちゃね〜
昨日投開票された福井県議選で、6,720票を得て、議席をとりもどすことができました。
選挙中に訴えました公約実現のために奮闘します。
●福島原発事故で明らかなように、原発を地震列島につくりつづける問題点が浮き彫りになりました。福井県とオール与党県議会がすすめる原発推進政策に歯止めをかけ、県民の命と安全を守ります。
●新幹線計画は多くの県民がのぞんでいません。巨額の財政負担と在来線切捨ての新幹線計画の見直しを求めます。
●福祉・防災のまちづくりに全力をあげます。高すぎる国保税の引下げ、中学卒業までの医療費無料化、住宅リフォーム助成などで県民の暮らしと子育て、中小企業を応援します。
●県議会改革にも取り組みます。県議が平均ひとり100万円も使う海外視察など「ムダ遣い」をなくします。・・・・・
選挙中には、たくさんの県民のみなさんから「原発はやめて」「新幹線はいらない」「暮らしを守って」などの強いご要望をいただきました。
福井県政はひきつづき西川知事と、県議会多数の自民・民主・公明による「オール与党」政治がつづきます。
県民のみなさんとスクラムを組み、県民本位の県政となるように力を尽くします。
ひきつづきのご支援ご鞭撻をよろしくお願いいたします。
福井県政はひきつづき西川知事と、県議会多数の自民・民主・公明による「オール与党」政治がつづきます。
県民のみなさんとスクラムを組み、県民本位の県政となるように力を尽くします。
2011年04月10日
開票前に当確…?
いつもイヤだなぁ〜と思うのは、投票箱のフタが閉まった時点で、テレビで流れる当確のニュース。
そして、当確の候補者は「ばんざ〜い」と万歳三唱をして花束を受け取る…。
出口調査でだいたいわかるにしても、一票も開いてないのに…
負け惜しみを言うわけではないけれど、落選した候補者だって、がんばってがんばってがんばって…それでも当選に至らないのだけれど、開票するまえに当確は無いよなぁ〜と思ってしまいます。
せめて、開票してからにできないものでしょうかね〜?
2011年04月09日
前半戦終了…
いっせい地方選挙の前半戦、知事、県議選が終わりました。
次は、後半戦。
17日から市長、市議選が始まります。
この勢いでがんばらなくっちゃ〜
2011年04月08日
ようやく選挙の書類が整いました(^0^;)ゞ
今日の夜7時…市役所の厳しい?チェック(事前審査)を終え、ようやく選挙の届け出の書類が整いました。
とは言っても、ポスターの実物と開票立会人の書類はまだなんですけどね…。
でも、とりあえず、「絶対に必要な書類」というのができあがり、紛失しないようにしっかりと市役所の職員が封印をいたしました(封をして印鑑を押して…)。
ちなみに、どんな書類かと言うと…
それにしても、長かった数週間…。
やれ、山本貴美子の「山」の字の右が下に突き出ていない、「美」の字の下の横線が長すぎる、住所の数字が漢数字じゃない…。
書き直してOKかと思いきや、住所の番地の「番」の字の上の線が短すぎる、名前のふりがながどうのこうの…。
契約書の住所の番号がどうのこう…。
ポスターが、縦3mm、横5mm大きすぎる…。
選挙に出るのも一苦労です…ホンマ
とりあえず事前審査が終わったので、ヤレヤレです。
後は、選挙に向けてがんばるのみ
とは言っても、ポスターの実物と開票立会人の書類はまだなんですけどね…。
立候補届出書(戸籍謄本通りに文字を書かなくてはならない…これが疲れる)
宣誓書(私は、立候補出来ない者で無いですよ、ということを宣誓する)
通称使用の申請(私は、貴美子と書いて「きよこ」と読むのですが、普通はそう読まないので、通称を「山本きよこ」で申請しています)
戸籍謄本
供託書(供託金は30万円…)
選挙公報掲載申請書と原稿
そのほか、ポスターや宣伝カー、宣伝カーのガソリン、運転手の契約書等々
宣誓書(私は、立候補出来ない者で無いですよ、ということを宣誓する)
通称使用の申請(私は、貴美子と書いて「きよこ」と読むのですが、普通はそう読まないので、通称を「山本きよこ」で申請しています)
戸籍謄本
供託書(供託金は30万円…)
選挙公報掲載申請書と原稿
そのほか、ポスターや宣伝カー、宣伝カーのガソリン、運転手の契約書等々
赤旗日曜版に連続登場v(その2)
4月3日付けと10日付けの赤旗日曜版に私が載っています。
3日付けは、私の名前と話した内容だけで写真は無し。
10日付けは、写真だけで名前は無し。(しかも7年も前の写真)
どちらも、原発問題で活動している記事です。
赤旗日曜版に掲載されるなんて、めったと無いことなので、嬉しくて…ついつい宣伝しながら配達したので、先週も今週も、めちゃくちゃ時間がかかってしまいました
能ある鷹は爪を隠す?…娘から聞いた話
今朝、娘から聞いた話です。
聞いて、聞いて〜
昨日、お昼に、サンピア前のバス停でバスを待ってる間に、コンビニで買った鮭のおにぎりをアムアムと食べてて、もうすぐ鮭にたどり着くって時に、おにぎりが一瞬でサッと消えたんよ〜
なんと鷹が私のおにぎりを持って行ったの
怖くなって、パンとホットケーキも取られないように急いでカバンの中にしまって、周りに誰もいないし、バス停前をウロウロしてたら、また、鷹がバサッと私の前に降りてきたの
「なに!? 今度は私を襲うの!?」って怖くなって固まっていたら、なんと、鷹が鮭だけ食べて残ったおにぎりを私の目の前に置いて、飛んで行ったの。
鮭だけ食べて返してくるなんて、馬鹿にしてると思わん!?
海の近くで食べてると、鷹に取られるという話しは聞くけれど…こんな町中でもあるんですね。
しかも、食べたいところだけ食べて、残りを返してくるなんて話しは初めて聞きました。
鷹には、娘が哀れと思ったのでしょうか?
能ある鷹は爪を隠すと言うけれど…本当に、賢いのかな?
経産相「想定外は使うべきでない」と反省
4月6日の衆院経済産業委員会で、日本共産党の吉井英勝衆議院議員の追求によって、福島原発事故を引き起こした責任の所在と、危機打開の道筋が鮮明になりました。(吉井英勝衆議院議員のホームページより)
吉井議員は昨年5月26日の同委員会で、地震や津波による「電源喪失」が招く炉心溶融の危険性を指摘。
これに対し経済産業省原子力安全・保安院の寺坂信昭院長は「論理的には考えうる」と述べ、現実には起こらないと答弁していました。
吉井議員「“理論的な話”ではなく、現実のものとなったのではないか」
寺坂院長「現実に、指摘のような事態が発生した。当時の認識に甘さがあったことは深く反省している」
また、2006年3月1日の衆院予算委員会で、当時の原子力安全委員長だった鈴木篤之氏(現・日本原子力研究開発機構理事長)は吉井議員の追求に、外部電源やディーゼル発電機、蓄電池など多重、多様な電源設備があり、他の原発からの電力“融通”も可能だから「大丈夫だ」と答えていました。
吉井議員「設計上“大丈夫”だという話だったが、全ての電源が喪失したのではないか」
鈴木理事長「国民に大変な心配、心労、迷惑をかけていることを大変申し訳ないと思っており、痛恨の極み」
更に、今回の事故について、菅直人首相や東京電力の清水正孝社長は、「想定外」としています。
吉井議員は、日本の原子力安全基盤機構(JNES)の研究報告でも、全電源喪失で0・6時間後に核燃料が落下、1・8時間後に圧力容器が破損、16・5時間後には格納容器が過温で破損すると警告されていたと述べました。
吉井議員「全電源喪失を考えて、いかなる場合にも今回のような事態を起こさせないというのが、原子力安全行政であり、原子力安全委員会の使命ではないか」
班目春樹原子力安全委員長「おっしゃる通り。今回の事故を深く反省し、二度とこのようなことが起きないよう指導してまいりたい」
海江田万里経済産業相「想定を超えるものが現実の問題として起こったわけだから、(想定外というのは)使うべきではない」
日本共産党の吉井衆議院議員が想定していた事故が起きた以上、「想定外」と言い逃れすることは出来ません。
私たち敦賀の共産党市議団も、原発の過酷事故を想定し、安全性を求めたり、原子力防災計画の拡充を求めてきました。
未だに、敦賀市長をはじめ電力会社は、敦賀は「地震は来ない」「津波は来ない」と言いますが、もし敦賀で大地震が来て、津波が来て、敦賀や美浜の原発が大事故を起こしたら、誰が責任を取るのでしょうか?
また、「想定外」と言うのでしょうか?
事故が起きて誰かが犠牲にならないと改善されない…この事の繰り返しでは、進歩がないですよ、まったく
これに対し経済産業省原子力安全・保安院の寺坂信昭院長は「論理的には考えうる」と述べ、現実には起こらないと答弁していました。
寺坂院長「現実に、指摘のような事態が発生した。当時の認識に甘さがあったことは深く反省している」
鈴木理事長「国民に大変な心配、心労、迷惑をかけていることを大変申し訳ないと思っており、痛恨の極み」
吉井議員は、日本の原子力安全基盤機構(JNES)の研究報告でも、全電源喪失で0・6時間後に核燃料が落下、1・8時間後に圧力容器が破損、16・5時間後には格納容器が過温で破損すると警告されていたと述べました。
班目春樹原子力安全委員長「おっしゃる通り。今回の事故を深く反省し、二度とこのようなことが起きないよう指導してまいりたい」
海江田万里経済産業相「想定を超えるものが現実の問題として起こったわけだから、(想定外というのは)使うべきではない」
2011年04月06日
おしゃべり会にて…
今日は、婦人グループの「おしゃべり会」があって、呼ばれて行きました。
やはり話題は「原発事故」…。
私がいつもお守りのように持ち歩いているヨウ素剤を見て、みなさん、「ちっさいな〜」「初めて見る」と興味津々でした。
「敦賀市は市民のヨウ素剤を準備していません。福井県が、敦賀、美浜の発電所から10km圏内に住む40才未満の住民の分を、保健所の倉庫に保管しているだけです」と言うと、
「ぜひ、全市民の分を敦賀市が準備するように、議会で言って下さい」とみなさんから頼まれました。
これからも、全市民のヨウ素剤を全戸へ配布するよう求め、少なくとも、学校や保育園、避難所など身近なところへ重複配備するよう求めたいと思います。
←昨年、私が購入したヨウ素剤 一人一日二錠
「ぜひ、全市民の分を敦賀市が準備するように、議会で言って下さい」とみなさんから頼まれました。
←昨年、私が購入したヨウ素剤 一人一日二錠
2011年04月05日
しんぶん赤旗に連続で登場 v
しんぶん赤旗の日曜版(4月3日付)の19面に私が登場しています。
私がその事を言うと、みなさん、一生懸命探してくれますが、なかなか見つからない…。
大人気の「まちがいさがし」よりも私を見つけることは難しいようで…。
どうやら私の写真を探されるようですが、私が話した内容が私の名前入りで掲載されているのです。
さて、実は…10日付けにも私が登場しています。
連続登場です すごい
今度は、写真で登場です。
2004年の関西電力美浜発電所の事故の後、申し入れを行った時の写真で、たまたま吉井英勝衆議院議員の近くにいて掲載された次第です。
2004年というと7年前。
まだ30代だったわけで…若い
しんぶん赤旗日曜版を購読されておられる方、ぜひ、ご覧下さいマセ
2011年04月04日
候補者が若いと元気が出る!?
県議の候補が28才で若いので、若い人が次々と応援に来られます。
若い人たちが事務所で楽しそうに笑いながら話しているのを見ると、
「若いって良いなぁ〜」と嬉しくなります。
未来に希望を感じます
若い候補者ががんばってくれるので、ご年配の支持者も集まってきます。
そして、みなさん、元気になって帰られます。
おかげさまで、楽しく選挙を戦っています。
この元気が、後半戦まで続くと嬉しいなぁ〜
「若いって良いなぁ〜」と嬉しくなります。
2011年04月03日
藤田スミさんの訃報
3月31日に、大阪の元衆議院議員の藤田スミさんが亡くなられました。
77才だったそうです。
堺市にいた子どもの頃、有事立法に反対する宣伝カーで、藤田スミさんの「愛する夫や子どもを戦場に送らないために、有事立法に反対しましょう」と言うアナウンスを何度も聞きました。
結婚前に大阪で行った演説会で、藤田スミさんが「みなさん」と語りかけるそのひと言に不思議と胸が熱くなって、涙が溢れました。
澄んだ声…。人の心に染み通る、藤田スミさんの声に私は憧れていました。
そう言えば…私が初めて選挙のアナウンサーをしたのが、21才の時。
藤田スミさんの宣伝カーでした。
緊張して声がまったく出ず、マイクを持ったままひと言も話せない私にスミさんはしびれをきかし、「かしてっ」とマイクを私の手から取って、私の代わりにスミさんがアナウンスを始めました。
ショックで、「二度とアナウンサーはしたくない」と思いましたが、結婚で敦賀に来て、すぐに、吉田一夫さん(元県議)の県会議員選挙でアナウンサーをするハメになり、おだて上手のみなさんに育ててもらって、今に至っています。
今では、「顔に似合わない良い声」「市会議員にしとくには勿体ない」なんて…褒められているのか、何なんだかわかりませんが…
スミさんのような感動を与える演説ができるようになりたい…スミさんは亡くなられましたが、これからも、目標にしていきたいと思います。
2011年04月02日
勉強になった吉井さんの演説
今日は、「福島原発事故を予見した」と話題の人、吉井英勝衆議院議員を弁士に、原発問題の演説会を開催しました。
突然の演説会で、参加者は少なかったですが、とても勉強になる演説会でした。
福島原発の事故の収束はいったい、いつ?
全国民が不安に思っていることです。
吉井さんのお話によると、秘密主義の東京電力や政府の情報公開が鍵を握っている…とのこと。
福島原発の何処がどのように破損しているか等の情報公開によって、多くの専門家、エンジニアなどの英知を結集することが出来る、そのことによって、事態の収束を図ることができる…。
なるほど…
今日の福井新聞の報道では、福島原発から20kmの範囲に、約1000名の遺体が放置されているとのこと。
火葬にすると遺体に付着している高レベルの放射能が拡散してしまう、土葬にすると放射能が土壌にしみこむ…そのため、遺体が放置されている…。
新聞を読んで涙が出て止まりませんでした…。
事態を収束させるためにも、私たち国民の運動で東電、政府を動かすことが必要です。
今こそ、日本共産党の出番と痛感した演説会でした。
2011年04月01日
時の人?吉井英勝衆議院議員が来る!
明日、4月2日午後6時から、敦賀市のきらめきみなと館にて、日本共産党の吉井英勝衆議員をお招きし、「原発演説会」を開催します。
吉井さんは、京大工学部原子核工学科出身で、原発のプロ。
2006年3月の国会で、福島原発の事故について取り上げたことが現実となり、ホームページやブログで「福島原発事故を予見していた」と話題となっている、時の人です。
敦賀には、原発で事故が起きるたびに来られて、現地調査を行い、電力会社に専門的な見地から安全性を追求してくれるとっても頼もしい国会議員です。
4月2日は、福島原発の問題や今後のあり方などお話しいたします。
ぜひ、みなさん、ご来場下さい
ちなみに、私も少しだけお話させて頂きます
あがり症の私、何を話そうか只今考え中です…
突然の県議選…
福島原発の事故に不安を感じ、「原発が、もんじゅがある敦賀で、日本共産党の県議の候補者がいないなんて…。私が、原発推進政策に疑問や不安を感じる敦賀市のみなさんの声を議会へ届けます!」
と、永平寺町に住む若い青年(28才)が、敦賀市での立候補を名乗り出て来てくれました。
そのため、突然ですが、私たちも県議選をたたかうことに…
あまりに突然で…今日(3/31)は、一日バタバタと、朝から選挙事務所になる地区委員会の大掃除、出発式の準備やアナウンサー原稿作り…自分の事はしばし棚上げです
と、永平寺町に住む若い青年(28才)が、敦賀市での立候補を名乗り出て来てくれました。