8日の夜遅く、長崎にいる私のもとに父の訃報が届きました。
これまで何度も危篤を繰り返し、そのたびに活動を欠席して大阪の父の元に駆け付けてきましたが…
今年の原水爆禁止世界大会は、国連で核兵器禁止条約が採択された元で開催される大会だし…
初めて参加される敦賀の方のことも気になるし…
ここまで持ち直してきたし、母も「まだお父さんは大丈夫だよ」と言ってくれているし…と、長崎行きを決断。
長崎に行く前、「帰ってから報告するから、それまでがんばってね!」と父の耳元でお願いしつつも、これが最期かもしれないと一応は覚悟して長崎へ…。
でも、何で長崎に行っちゃったんだろう…💦
でも、病院の近くに住む妹も間に合わず、母が駆け付け「おとうさん!ありがとう!」と言ったと同時に、父は涙を流し息を引き取ったらしい…
きっと、父は母と二人きりの別れがしたかったのでは?…なんてね。
9日の世界大会の閉会後、大阪へ。
一週間ぶりに会った父は、ドライアイスのためかとっても冷たくなっていましたが、むくみもとれ、少し笑顔のような…やさしい顔をしていました。
さて、我が家は無宗教のため、父を主役にした家族葬をしようと話し合っていました。
10日のお通夜は、「父のアルバムをみんなで見ながら、父との思い出を語り合い、父を偲ぶ」。
父母の友人が、父が好きだった歌を尺八とフルートで演奏しCDを作って下さいました。
嬉しいことに、父が生前、カラオケで歌った歌声も収録されていて、お通夜で流しました。
父母の故郷は長崎県の平戸ですが、父の弟妹が全員、駆けつけてくれて、CDを聴きながら、父のアルバムを見て、みんなで思い出を語り合いました。
11日のお葬式は、音楽葬。
無宗教なので、お寺さんのお経の代わりに、父母の友人による尺八とフルートの生演奏。
父の好きな「六甲おろし」「千の風になって」等々に涙、涙💦
そのほか、父をそれほど知らない方(孫の連れ合い等)にもこれを機に父を知っていただこうと、父の生い立ち、2人の出会い、父の活動家としての歴史、この間の闘病生活など、母から父へのおくる言葉形式で司会の方に読んでいただきました。
父母の友人が思いがけず多数、参列してくださり、30人用の式場に入りきれず、暑い外に椅子を並べることに…💧
でも、参列していただいた方からは、「とても良いお葬式だった」と言っていただきました。
みんなで父を偲びおくることができて良かったです。
想定外のハプニングでバタバタになっている私たち遺族に寄り添い、滞りなく式を進めて下さったNPOの葬儀社のみなさまに感謝。
また、この間、活動が休みがちでみなさまに迷惑をおかけしました。
これからは活動に専念してがんばりますので、よろしくお願いいたします。