2015年10月20日

原発集会in青森1日目「あさこはうす」(1/3)


原発問題住民運動全国交流集会in青森に福井県から

5名で参加しました。


昨夜10時に敦賀を出発し、交代で運転しながら車で

12時間かけて集合場所の八戸駅前へ。


集合時間は12時半でちょっと早く着いたので、八戸

温泉いい気分(温泉)に入ってから全国のみなさんと合流しました。


みんなが乗ったバスを車で追いかけ、4時間かけて

下北半島の端っこにある大間へ。


大間原発に反対して頑張っている小笠原厚子さんの

お話をお聞きするため「あさこはうす」を訪問。


「あさこはうす」は、大間原発の建設のため電源開発

が買収した広い用地の中に続く1kmほどの道を歩いた

中にポツンと一軒、ありました。


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「あさこはうす」まで、柵で区切られた電源開発の道

を…延々、1キロ歩きます。


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右から三番目が朝子さんの娘、厚子さん。


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厚子さんのお母さん(熊谷朝子)さんは、原発の用

地買収に「土地は売らない!」「何億もらっても金

なんてなくなる。だが、大間の海は捕りすぎず、さ

ぼりもせず暮らせばずっと生きていける」と、たっ

一人、抵抗して頑張ってこられました。


そんな朝子さんにストーカー、脅迫の電話や手紙、ヤ

クザの脅し、お金を使って村八分にする…などなど、

様々な嫌がらせが行われましたが、それでも朝子さん

は「土地は売らない!」と。


函館に住む娘の厚子さんは、そんな母の原発との闘い

を知らずにいましたが、2002年、朝子さんの用地買

を依頼された男が、使い込みの発覚を恐れ、狂言強

事件を企み、厚子さんに警察から連絡があり、初め

知ったとのこと。


それからは娘さんも加わって、二人の闘いが始まりま

した。


そして、電源開発は、2003年、炉心建設予定地を200

メートル移動することに。


2003年からは共有地訴訟が始まりました。


そこで朝子さんは、周りがみんな買収された中にあ

る自分の農地に住み、生存権を盾に闘うことに。


2005年、建設に協力してくれる業者がいないので、

ログハウスキットを買って、娘の厚子さんと二人で

家を建てたそうです。


ところが、朝子さんは、引越しの準備中にツツガムシ

病で急死、68歳でした。


そのため、娘の厚子さんがお母さんの意思を受け継ぎ、

「あさこはうす」に住んで頑張ることに。


「あさこはうす」は、電気がありません。


県外の支援者から中古のソーラーパネルやバッテリ

もらい、最小限の電気を供給しています。


原発の造成工事で沢の水が枯れたので、全国の支

者が宅配で水を送ってくれています。


さて、裁判の結果、朝子さんの共有地は収容され、代

わりに、「あさこはうす」までの道を電源側が提供す

ることに。


そして、この道路を封鎖されないよう、「あさこはう

す郵便」という取り組みを行い、毎日、国内外から

100通を超える郵便物、宅配などが電源開発の道路を

通って「あさこはうす」まで届けてもらっています。


厚子さんの夢は、「この1haの土地に、子供たちが

キャンプしたり、たくさん集まってくること」「原発

は危険で命を奪うもの。反対に、子どもたちは命を生

みだし、未来を作ってくれる」と。


たった一人、わんちゃんや鳥たちに囲まれ暮らし、闘

っている厚子さんの明るい笑顔にエネルギーをいっぱ

いもらいました。


夜は、大間海峡保養センターにて学習会がありました。


立石正昭新潟大学名誉教授による「原発・核燃施設の

耐震脆弱性の検証」。


前の晩、ほとんど寝ずに青森に来たので眠くなりつ

つも寝ないでちゃんと聞いたのですが、活断層の話

は一回ではわからない…難しかったバッド(下向き矢印)


大間温泉いい気分(温泉)に入って早めに休みました眠い(睡眠)


かわいい二日目へつづく…→

posted by きよこ at 15:27| 原発関連2013.6.30〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする